ナビゲーターと一緒に、キャビンから一歩、自然のなかへ踏み出す「Nature Club」。奄美大島を案内してくれるのは、島で生まれ育ち、世界の海を漕いできたパドラー、白畑瞬(しらはた・しゅん)さんです。 いまでは奄美の海と山を知り尽くす白畑さん。でも、はじまりは「海が怖い」でした。怖かった海に、なぜ漕ぎ出したのか。港の外には、どんな景色があったのか。いま、なにを伝えようとしているのか。お話を聞きました。
はじめて港の外へ

奄美大島で生まれ育った、と聞くと、小さい頃から海で泳いで、魚を獲って育ったんだろうな、と思うかもしれません。
白畑さんは、違いました。
生まれたのは、名瀬の市街地。港のそばに何でも揃う、島の中心部です。少し歩けば海があって、裏山には、いまでは世界自然遺産になった森が広がっている。けれど、海も森も、近づく場所ではなかったといいます。
「幼稚園の頃、川で溺れたことがあるんです。それからずっと、水が怖かった。泳ぎも苦手でした。周りの大人からも、海は危ないところだよ、山にはハブがいるから行くなって、言われて育ったんです」
白畑さんは、なつかしそうに笑って話します。

高校を卒業すると、同級生のほとんどが本土へ出ていきました。島に仕事がなかった時代です。白畑さんは、やりたいことも見つからないまま、島に残りました。
そんななか出会ったのは、20歳以上も年上の大人たちでした。シーカヤックを漕いで、夏には舟漕ぎ競争に出る。一年の流れが、海とともにある人たちです。海の上では、だれもが少年に戻りました。大人たちのなかに、親子で伝統の木造船をつくる舟大工がいました。
工場に通ううちに、修理に来ていたシーカヤックを「面白いから乗ってみ」と誘われます。18歳のときでした。最初は、港の中だけの移動。でも、少しずつ、漕げる距離が伸びていきます。ある日、一人で港の外に出ました。
世界が、ひっくり返りました。怖くてたまらなかった海の上が、いちばん気持ちのいい場所になったのです。
「深い海の色って、怖いと思っていたんです。それが、きれいだなって。ウミガメが顔を出して、ふと振り返ったら、奄美の島が、どーんと目の前に広がっていて。生まれ育った島なのに、こんなにきれいなんだって、衝撃を受けました。怖いより、楽しいが上回った瞬間でした」
二十年以上前の出来事を、白畑さんは、昨日のことのように話します。海の色、山の緑、ウミガメの顔。記憶のなかで、景色が生きているのです。
「生活のすぐそばに、本物の自然があったのか」。
もっと遠くの海へ

そう気づいてしまうと、もう止まりません。舟大工と一緒に、荒れた海でも島から島へ渡れるカヌーを、つくるところから始めました。手作りのカヌーを飛行機に積んで、ハワイへ。モロカイ島からオアフ島まで、53キロを漕ぐレースに出ました。
出会ったのは、島に誇りを持って漕ぐ人たちでした。
「ハワイの人たちは、自分の島に誇りを持って漕いでいたんです。でも自分は、奄美に生まれ育った意味を、うまく言葉にできなかった。それを確かめたくて、海を渡ったんだと思います」
28歳のとき、奄美群島が日本に復帰して60年の節目に、沖縄から奄美まで、15日かけて島々を漕ぎ渡りました。ただ漕ぐだけの旅ではありません。島に上がるたびに、土地の人たちの話を聞きました。
海を渡って人と物が行き交った時代のこと。島と島が、励まし合ってきた歴史のこと。夜は浜にテントを張って眠り、朝になったらまた漕ぎ出す。昔の人が舟で行き来した海の道をたどる、15日間の旅でした。
長い航海を終えて奄美の浜に上がったとき、迎えてくれたのは、島の人たちの笑顔でした。旅が残したものを尋ねると、白畑さんは少し間をおいて、静かに言いました。
「謙虚さ、ですね。海に出るのは、野生の世界にお邪魔するということ。自然が中心にあって、自分たちは生かされている。漕げば漕ぐほど、そう思うようになりました」
怖かった海は、いつのまにか、自分がどこから来たのかを教えてくれる場所になっていました。怖さの正体も、わかりました。知らないから、怖い。知って、敬意を払えば、海は豊かな遊び場になる。白畑さんは、身をもって確かめてきた人です。
自分のペースで、海と仲良くなる

いま、白畑さんが「Nature Club」として案内してくれるのは、島に抱かれた、おだやかな海です。
奄美には、風から守られた静かな入り江がいくつもあります。波はおだやかで、水は明るい。水面をのぞけば、サンゴの上を魚が行き交って、運がよければウミガメがすっと横切っていきます。集落のすぐ先に無人の浜があって、塩をつくる人がいて、もずくを採る人がいる。暮らしと海が、地続きになっている島です。白畑さんが連れて行ってくれるのは、そんな島の人が昔から親しんできた海です。
だから、構える必要はありません。泳ぎに自信がなくても、カヌーがはじめてでも、大丈夫です。
浜に集まったら、まずは白畑さんの島の話から始まります。目の前に広がる海のこと、今日めざす場所のこと。パドルの持ち方、漕ぎ方をひとつずつ教わって、波打ち際で少し練習したら、いよいよ海へ。気づけば、すっかり夢中になっています。
二人乗りのカヌーは、前と後ろで力を合わせないと、まっすぐ進みません。最初はぎこちなくても、白畑さんが隣で漕ぎながら、少しずつ教えてくれます。だんだん息が合ってきて、すーっと水の上を滑り出す。パドルが水をつかむ音、頬をなでる風。ふたりで「進んだ!」と顔を見合わせる。漕いだ先に、歩いてはたどり着けない、無人の浜が待っています。
カヌーを降りたら、浜はまるごと貸切です。水の中をのぞいたり、打ち上げられた貝を拾ったり。浅くて足の着くところなら、はじめてのシュノーケリングも安心です。教えすぎないのが、白畑さんの流儀。まず一緒にのぞきこんで、何かを見つける瞬間を、隣で待ってくれます。遊び疲れたら、木陰に座ってひと休み。街では流れない時間が、ゆっくり流れていきます。

先日、4歳の子を連れた家族と海に出たときのこと。帰り際、カヌーのまわりに、ウミガメが顔を出しました。ひとつ、ふたつ、みっつ。数えてみたら、6〜7匹はいたそうです。
「小さい頃に経験したことほど、記憶に残るんです。またあそこに帰りたいなって、思ってもらえたら。その子たちがまた帰ってこられる自然を、残していきたいんです」
白畑さん自身、18歳のとき、港の中から少しずつ距離を伸ばして、海と仲良くなっていきました。はじめての人の緊張も、最初の一歩の重さも、知っている人です。隣に白畑さんがいてくれるだけで、自然との距離感を縮めるのは、ぐっと簡単になります。
来るたびに、違う奄美がある

夏の青い海だけが、奄美ではありません。
雨の日は、カッパを着て森へ。しっとり濡れた緑が光る、晴れの日とはまるで違う、幻想的な森があります。冬は空気が澄んで、山歩きにちょうどいい季節。11月から3月は、野鳥がよく顔を出す時期です。海のむこうに、森があり、山がある。白畑さんが知り尽くした奄美は、海だけでは終わりません。
今日は海がいいのか、森がいいのか。それは、島の天気と季節が決めること。だからこそ、知り尽くした人が隣にいると、奄美の遊びはどこまでも広がっていきます。一度では遊びきれないから、また島に帰ってくる理由ができるのです。
最後に、体験する人に伝えたいことを聞きました。
「奄美の自然を見て、じゃあ自分たちが住んでいる場所は、どういうところなんだろうって、少しでも考えてもらえたら。子どもから大人まで、少しずつ視野が広がってくれたら嬉しいです」
自然のなかで、思いきり楽しむこと。自然には、敬意をもって入ること。世界の海を渡ってきた白畑さんが大切にしている、ふたつの姿勢を、いちばん気持ちのいい形で受け取れるのが、白畑さんと過ごす、奄美の時間です。
手つかずの無人浜を貸切
シーカヤックで奄美クレーター縦断の旅
所要時間:2時間〜
料金:10,000円/名〜