海の楽しさは、海が教えてくれる|いすみ・瀬筒雄太
Nature Club
#いすみ

海の楽しさは、海が教えてくれる|いすみ・瀬筒雄太

ナビゲーターと一緒に、キャビンから一歩、自然のなかへ踏み出す「Nature Club」。いすみの海を案内してくれるのは、太東でサーフショップを営むプロサーファー、瀬筒雄太(せづつ・ゆうた)さんです。 長い板で、ゆったりと優雅に波に乗る「ロングボード」。その世界で14歳、最年少記録でプロになり、世界でたった16人しか招かれないイベントに、当時、日本人でただ一人選ばれた人です。瀬筒さんが追い求めてきたのは、勝つサーフィンより、見た人を魅了するサーフィン。なにが、その道を選ばせたのか。いま、どんな体験を届けようとしているのか。お話を聞きました。

自分から、海に向かった日

瀬筒さんは、福岡市内の街中で育ちました。父は、海やサーフィンのある暮らしに憧れていて、週末になると、家族を連れて海へ出かけました。でも、当の本人は、海が好きではありませんでした。

「海が嫌で嫌で、仕方なかったんです。海水が目に染みるのも嫌で、ゴーグルをつけて泣いてました。家でゲームをしているほうが、よかった」

海は、連れて行かれる場所。遊びの延長でボディーボードには乗っていたけれど、それは、家族の週末の風景のひとつでした。

変わったのは、小学5年生のときです。ある日、自分から親に言いました。本気でサーフィンをやりたい、と。

「野球もやってみたけど、熱中できなくて。サーフィンは、まわりの友達が誰もやっていなかった。誰にでもできることじゃないし、だからやってみよう、と思ったんです」

同じ海、同じ板。でも、親に連れられて入る海と、自分からサーフィンをやりたくて入る海は、まるで別のものでした。

その半年後、運命の出会いがあります。福岡のイベントで見た、プロロングボーダー・中村清太郎さんのライディング。

「雷が落ちたみたいな衝撃でした。こんなふうに波に乗る人がいるんだって」

少年は、ロングボードの世界へ。ここから、人生が動き出します。

勝つサーフィンより、魅了するサーフィン

のめり込んだら、早かった。14歳で、当時最年少のプロに。中学を卒業すると、ひとりで千葉の一宮・いすみエリアへ移り住み、プロとして大会を転戦する日々が始まりました。19歳で、日本ランキング6位。着実に、階段を上っていきます。

サーフィンを教えてくれたのは、地元の海のうまい大人たちでした。波のことを聞き、乗り方を教わる。瀬筒さんの質問に、大人たちは親身になって答えてくれました。その背中を見て、真似て、サーフィンを覚えていきました。

でも、心のどこかに、ずっと違和感がありました。

「勝ち負けを競って、トロフィーをもらって、っていうのが、あんまり自分にフィットしなかったんです。憧れたのは、勝つサーフィンじゃなくて、見た人を魅了するサーフィンだったので」

思い出すのは、雷に打たれたあの日です。心を動かされたのは、勝ち負けではありません。波に乗る姿が美しかったから、痺れたのです。

その美しさは、ロングボードならではのものでした。短い板が、鋭いターンで波を切り裂いていくのに対して、ロングボードは、長い板の浮力を活かして、波の流れにそっと乗っていきます。板の上を歩いて先端まで進み、そこに立つ「ノーズライディング」。波のエネルギーに逆らわず、流れと一体になって滑る、海と対話するような乗り方です。速さや高さよりも、波との調和の美しさが、この世界の物差しになってきました。

転機は、海の向こうから来ました。ロングボード界のレジェンド、ジョエル・チューダーから届いた招待です。世界中から16人だけが選ばれる、ロングボードの祭典です。行ってみると、そこにあったのは、勝ち負けよりも大切なものでした。

「前の日の夜から、みんなで集まって楽しんで。それでいて、本番のライディングは真剣そのもの。負けた人にも、いいライディングだったなって声をかけ合うんです。ああ、これがサーフィンの良さだよなって」

自分が追い求めるサーフィンの美学が、かたまりました。コンテストの一線を離れ、瀬筒さんは、次の暮らしをつくり始めます。鎌倉でのアパレルショップ運営を経て、パートナーのご家族が営んできたサーフショップを継ぎました。場所は、太東。SANUのキャビンがある一宮・いすみと、同じ海岸線で南北につながる、海辺の町です。浜から歩いて5分の店は、今年で11年を迎えました。

太東は、暮らしと海が近い町です。朝、海を見てから店を開け、夕方、海を見てから家に帰る。海のそばで暮らす人の時間が、この町には流れています。

もうひとつ、転機がありました。コロナ禍です。人が消えた海に、いい波だけが残りました。

「誰もいない海で、いい波を、存分に味わったんです。そうしたら、人が戻ってきてからも、いい波が来たら、お先にどうぞって譲れるようになって(笑)。もう十分もらったからなんですよね。若い頃は、自分が、自分が、って前に出てたけど、今度はこの楽しさを、人に伝えたいなって」

自分が乗る楽しさを、存分に味わった人が、今度は、その楽しさを手渡す側へ。いい波があるから、入る。楽しいから、乗る。そして、この楽しさを、人に伝える。それが、いまの瀬筒さんのサーフィンです。

波に乗る、その前に

いま、瀬筒さんが「Nature Club」として迎えてくれるのは、いすみの海です。

千葉の海の良さは、一年を通して、ほどよい波が絶えないこと。ゆるやかに湾曲した海岸線のおかげで、風向きや波の大きさに合わせて、その日いちばん穏やかな浜を選べます。太東海岸の海底は砂地なので、転んでも安心です。

「いい波っていうと、大きい波を想像するかもしれません。でも僕にとってのいい波は、誰もが気軽に楽しめる波。この海には、それが毎日のようにあるんです」

瀬筒さんの体験は、波に乗ることを、ゴールにしません。

まずは、浮かぶこと。ボードに身体をあずけて、ぷかぷかと海に浮かぶ。地面に立っているときには気づかない、身体の重さが、ふっと消えます。空が広い。波の音が、下から聞こえる。ゆらゆらと揺られているうちに、肩の力が抜けていく。それだけで、日常から、すっと解放されます。

次に、波を受けること。ボディーボードにつかまって、寄せてくる波を、身体でダイレクトに受け止めます。押される。持ち上げられる。運ばれる。海が生きて動いていることを、言葉ではなく、身体が覚えていきます。

「波の力って、思っている以上に強いんです。まずはそれを、体で感じてもらいたい。乗るのは、その先の話でいいので」

瀬筒さんが教えるのは、足の入れ方、浮かび方、それくらいです。あとは、前に出ません。少し離れたところから、静かに見守っています。

「僕が教えすぎないほうが、いいと思っていて。海の楽しさは、海が教えてくれるので。僕の役目は、海とその人を、つなぐことだけなんです」

実は、わが子にも同じやり方を通してきたそうです。瀬筒さんが板を押して、波に乗せることはしない。自分で着替えて、自分で海に入り、自分で感じる。保育園の帰りに毎日5分、海に寄って、その日の海の表情を一緒に眺めました。すると子どもは、「今日は荒れてるから入らない」と、自分で決めるようになったといいます。海との距離を、自分で測れるようになったのです。

体験の終わりが近づくころ、みんなの顔は、来たときと少し変わっています。

「波に乗れた瞬間の顔って、大人も子どもも、みんな同じなんですよ。あの顔を見るのが、いちばん好きですね」

怖いなら、やめていい

最後に、体験する人に伝えたいことを聞くと、意外な答えが返ってきました。

「サーフィンを、強要はしないです。怖いなら、やめていい。10人来て、8人が海に合わなくても、その8人は、山が好きかもしれないから」

突き放しているのではありません。連れて行かれる海が嫌いだった少年は、誰よりも知っているのです。自然との付き合いは、自分からやりたくなったときにしか、始まらないことを。

「自然の入り口って、人それぞれなんですよ。海が合わなければ山へ。山が合わなければ、また海へ。どこかに、自分の入り口があるので」

それでも、海にハマってしまった人のことを、瀬筒さんは楽しそうに話します。

「人生ごと変わっていくんですよ。住む場所も、服の色も、時間の使い方も。それを見るのが、いちばん幸せです」

海の表情は、毎日違います。今日おだやかでも、あしたは少し荒れて、その次の日には、また凪いでいる。だから、何度来ても、同じ海はありません。

浮かぶだけでも、波を受けるだけでも、自然との触れ合いは、もう始まっています。その先へ進むかどうかは、あなたが決めていい。それが、瀬筒さんが案内してくれる海です。


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サーフィンをはじめる前の、サーファー入門
所要時間:3時間
料金:10,000円/名~

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