身体だけでなく、頭も疲れる山歩き|那須・大友佑樹
Nature Club
#那須

身体だけでなく、頭も疲れる山歩き|那須・大友佑樹

ナビゲーターと一緒に、キャビンから一歩、自然のなかへ踏み出す「Nature Club」。那須・茶臼岳を案内してくれるのは、自然冒険家の大友佑樹(おおとも・ゆうき)さんです。 ヒマラヤの高峰に挑み、山岳ゴミをはじめとする現地の環境保全活動にも向き合ってきた人。原点には、幼い日、自然に身体を変えてもらった経験があります。なぜ山に惹かれ、ヒマラヤまで至ったのか。大友さんと行く山では、どんな一日が待っているのか。お話を聞きました。

那須の空気に、助けられた

大友さんは、京都で生まれ東京で育ちました。子どもの頃から野球に夢中。でも、思いきり走れない日が、たびたびありました。

「小さい頃は喘息がひどくて。大好きな野球も、思うようにできなかったんです」

お母さんに連れられて、家族で通うようになったのが、那須でした。川で釣りをして、山を歩いて、森の空気を胸いっぱいに吸う。東京では出せなかったスピードで、思いきり走ることもできました。すると不思議なことに、那須で過ごすうちに、発作は出なくなっていったのです。

「那須に行くと、呼吸が楽になるんです。気づいたら、身体が変わっていました」

元気になった少年は、那須の自然にのめり込んでいきます。もともと、生き物が大好きでした。刺されると分かっていても、蜂に触ってみる。刺されたら、どんな痛みなのかを知りたい。そんな好奇心のかたまりのような少年にとって、自然は、遊び場であり、教室であり、そして、身体を強くしてくれた場所でした。

走って、登って、ヒマラヤへ

15歳になると、野球のトレーニングとして、山を走り始めます。

「きついのが大好きなんです。効率のいいトレーニングを突き詰めていったら、坂を走るのがいちばんで。気づいたら、山にいました」

走ってみると、山には、それ以上のものがありました。

「木や川の香りがして、鳥や水の音が聞こえる。自然のBGMのなかで、一人で自分と向き合える。ちょうどいい空間だったんです」

20代は、トレイルランニングに没頭します。速く、長く、ストイックに。走って、登って、日本百名山のほとんどを踏破しました。

ヒマラヤに飛び出したきっかけは、一報でした。尊敬する登山家が、世界でもっとも危険な山のひとつといわれるK2で、帰らぬ人となったのです。

「彼らが命をかけてまで見たかった景色って、なんだったんだろうと。だったら、自分で見に行くしかないなって」

知りたければ、身をもって確かめる。蜂に触った少年は、大人になっても変わりません。半年後、大友さんはヒマラヤにいました。標高6,000mを超える、空気が平地の半分ほどの世界。肺が焼けるような感覚のなか、一歩ずつ登っていきます。不安は、なかったといいます。

「できないっていう物差しが、自分の中にないんです。天気も地形も、誰かに正解を聞くんじゃなくて、その場の空気や兆候を、自分の感覚で読む。考えて、決めて、また考える。その繰り返しで、登ってきました」

夜のアタック中には、進むはずだったルートに、大きな雪崩が落ちたこともあります。

二度目の遠征では、6,800mのアマダブラムに挑みました。けれど、山頂まであと600mのキャンプで、先を行く隊の事故を目の当たりにします。天気も、回復しません。大友さんは、登頂を断念する判断をしました。

「家族がいるので、帰ってくることが大前提なんです。やばいと思ったら、すぐ降りる」

登りきることよりも、生きて帰ること。そう決めているから、頂を諦められる。転進した先の山で、大友さんは頂に立ちました。眼下には、エベレスト街道の谷。世界の屋根の連なりが、どこまでも続いていました。

「圧倒的な自然を目の前にすると、自分の小ささにびっくりするんです。ああ、生かされてるんだなって。生きているという実感が、いちばん湧く場所でした」

登山の過程で、学んだこともあります。ネパール人の相棒は、どんなに辛い場面でも、気持ちが下がる言葉をひとつも言いません。あなたは完璧だ、もうすぐ着くよ。褒めて、力を引き出す。速さをストイックに追ってきた大友さんには、驚きの流儀でした。山での人との接し方は、ここで変わります。

帰り道、大友さんは、ゴミを拾いながら歩きました。美しい山に、あまりにゴミが多かったからです。最初は、変なやつだ、という目で見られました。それでも黙々と拾う姿は仲間たちに伝播し、いまではふもとの村で、月に一度のゴミ拾いが始まっています。言葉も文化も違っても、行動で真摯に示せば、想いは手渡せる。ヒマラヤが、教えてくれたことでした。

教えるより、問いかける

いま、大友さんが「Nature Club」として案内してくれる山のひとつが、那須・茶臼岳です。いまも噴気を上げる活火山で、ロープウェイを使えば、9合目まで一気に上がれます。山頂までは、そこから歩いて50分ほど。登山がはじめての人でも、挑戦しやすい山です。

頂上に立つと、見えてくるものがあります。

「50万年の火山活動の上に、いまの那須があるんです。火山が温泉をつくって、温泉が宿をつくって、人が集まって、畑や牧場ができた。山頂に立つと、その流れが一望できるんですよ」

日本にある10種類の泉質のうち、6種類がこのエリアに湧き、硫黄の鉱山で栄えた時代の痕跡も、山肌に残っています。足の下には、50万年。目の前には、火山がつくった町。知ってから見る景色は、知る前とは、まるで違って見えます。

歩き方は、その人しだい。ゆっくり景色を楽しむ人も、山頂から先の縦走に挑む人もいます。ただ、誰と歩くときも、変わらないことがあります。大友さんは、教えるより先に、問いかけるのです。

「雲が網目みたいにかかってますね。このあと、雨になると思いますか?」

「道がふたつあります。どっちを行きますか?」

「調べれば出てくる答えじゃなくて、自分で考えた答えを聞きたいんです。体よりも、頭が疲れたって言って帰ってもらいたいんですよね」

空を見上げて、考える。分かれ道の前で、迷ってみる。正解でも、不正解でも、かまいません。感じて、考えて、決める。ヒマラヤで大友さんが繰り返してきたことを、そのまま、手渡しているのです。目の前の道を、ただ歩くのとは、まるで違う登山になります。

疲れてきた人がいたら、モチベーションが下がる言葉は、絶対に言いません。面白い話で気をそらし、あなたは完璧、もうすぐ着くよ、と声をかける。ヒマラヤの相棒に教わった流儀です。子どもには、結果よりも、挑戦しようとしたことを褒める。頭ごなしに叱らず、できたことを、一緒に喜ぶ。

空を読み、道を選ぶのは、大自然との対話。励まし、褒めて、力を引き出すのは、仲間との対話。ヒマラヤで大友さんが続けてきたふたつの対話を、この山でも、少しだけ味わえます。下山したら、火山の恵みの温泉へ。頭を使った一日の、いちばんのごほうびです。

案内なしで、山へ行けるように

大友さんに、体験する人に伝えたいことを聞きました。

「僕を通して山に来てもらうより、最後は自分たちだけで、山に行けるようになってほしいんです。歩き方も、知識も、みなさんに渡していきたい」

山でのふるまいも、天気の読み方も、ツアーのあいだに、参加者へ少しずつ手渡していきます。親子で来たなら、まずは、お父さんとお母さんへ。子どもから見て、うちの親ってすごい、と思えるように。家族のあいだに小さなリスペクトが生まれたら、次は、親子だけで山に行ける。案内した先で、案内がいらなくなること。それが、大友さんの目指すゴールです。

子どもたちには、と続けます。

「携帯のいらない、ゼロベースの時間を過ごしてほしい。一歩踏み出す勇気の、きっかけになれたら」

ペットボトルが土に還るまで、どれくらいかかるのか。そんな話も、歩きながらすこしずつ。押しつけず、いつもの調子で、問いかけながら。

ヒマラヤのゴミを拾い、村まで動かした人が、いちばん伝えたいことは、シンプルでした。

「山を好きになって、地球を好きになってもらいたいんです」

50万年の山の上で、考えて、選んで、たっぷり頭を使う。身体だけでなく頭も疲れる一日の終わりに、あなたの目に映る景色は、来たときとは、少し違っているはずです。


地球は生きている火山を通じて那須を知り、
己を深めるトレッキング
所要時間:3時間〜
料金:15,000円/名〜

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