ナビゲーターと一緒に、キャビンから一歩、自然のなかへ踏み出す「Nature Club」。八ヶ岳を案内してくれるのは、プロスノーボーダーで、信州登山案内人の田中幸(たなか・さち)さんです。 夏は苔の森、冬は白銀の雪原。世界の山に挑んできた幸さんは、季節ごとに表情を変える八ヶ岳の山々に、一年を通して通い続けています。話を聞けば、これまで幾度となく競技の垣根を超えた挑戦を続けていて、そして、何よりそれを楽しんでいるということを実感します。その活力は、どこから湧いてくるのか。なぜ八ヶ岳を選んだのか。いま、何を伝えようとしているのか。お話を聞きました。
自分次第の世界に、出会うまで

幸さんのはじまりは、雪の上ではありません。水の上です。
生まれは琵琶湖のほとり、滋賀県の石山。両親はともにボート選手。4人姉妹は、みんなボートを漕ぐ。アスリート一家です。
「冷蔵庫には牛乳と納豆しかない、みたいな家でした。今思うと、アスリートとして育てられたんだなと」
そう言って、幸さんは笑います。小さい頃は内気な子どもでした。でも、走れば速い。小学校の授業で、裏山を一周すれば、いつも先頭のほう。「私、速いんだ」。スポーツが、おとなしい少女の表現方法になっていきました。
高校でボート部に入部すると、1年生の5月、先輩の欠場で急遽「コックス」として大会の船に乗ることになります。コックスは、声を出し、舵を取り、4人の漕ぎ手の気持ちと動きをひとつに合わせる役割。その大会でいきなり入賞し、幸さんの高校3年間は、コックスとして続いていきました。
卒業しても、ボートの人生は続きます。地元で就職して、働きながら実業団選手として、滋賀県の選抜チームのコックスとして、毎年、国体を目指す。高校で3年、実業団で5年。あわせて8年間、社会人になっても、一年の真ん中には、いつもボートがありました。
やりがいは、ありました。でも、どこかもどかしくもありました。
「コックスって、湖の上では、めちゃくちゃ偉そうに指示を出すんですよ。勝ちたいから。でも、優勝しても、みんなありがとうって感じで。負けたら、私のせい。ずっと、もんもんとしてました」
もどかしさの出口は、冬にありました。国体が終わると、選抜チームはいったん解散して、自主練習の季節になります。その冬の時間で出会ったのが、スノーボードでした。技を決めるたびに、褒められる。誰かと合わせるのではなく、自分次第で、どんどんうまくなる。船の上では味わえなかった感覚に、一気にのめり込みました。
世界の山で、初心者に戻った

社会人5年目、23歳の冬、区切りをつけて退社を決めます。有給消化の1週間で、単身カナダへ飛びました。
「日本でいちばん大きいようなジャンプ台が、5つ並んでるんです。それを、その辺にいるおじちゃんが、ひょうひょうと飛んでいく。小さい子どもも飛んでいく。えっ、今からこれ、間に合うの?って」
普通なら、ここで心が折れます。幸さんは、その流れに乗って一緒に飛びました。
ならば、間に合わせるしかありません。憧れた「自分次第」の世界です。できない技を、ひとつずつ、できるように変えていく。努力した分だけ、結果になる。のめり込むように滑り込んで、数年のうちに、大会で結果を残すプロスノーボーダーになっていきました。
しかし、その先で、もっと大きな世界に出会います。カナダ・ウィスラーのバックカントリー。整備されたコースの外、山そのものを滑ることです。
この時も、最初は、幸さんは、滑れませんでした。
人がつくったジャンプ台とちがい、山は思いどおりの形をしていません。雪は深く、地形は読めない。転んで起き上がると、どちらが帰る方向か、わからなくなる。

「一歩間違えたら死ぬし、自分の判断ひとつで、どっちにも転んでしまう世界なんです」
弾んでいた声が、ここだけ、すこし静かになりました。整備されたコースで結果を出してきた人が、山では初心者に戻ったのです。努力すれば動かせる、が通じない相手に出会ったのは、初めてでした。
だから、学び直しました。日本に帰って、雪山の安全管理やレスキューの資格を取り、危ない地形を知り、道具の使い方をひとつずつ身につける。怖さは消えません。でも、知って備えれば、山とは付き合える。それを体で確かめていきました。
そうして山の経験を積んだ幸さんが、移り住んだ長野で夢中になったのが、八ヶ岳でした。
「いろんな山に登ってきて、ちょっと寂しい場所、怖いなと感じる場所もあるんです。でも八ヶ岳は、心にスポッと入ってきて。静けさと、トゲトゲしたものが、入り混じってるんですよね」
いきなり、頂上を目指さなくていい

ボートからスノーボードへ。整備されたコースから、野生の山へ。幸さんの歩みは、挑戦の連続に見えます。でも、よく見ると、ただ単に危険に飛び込んできた人ではありません。環境を移すたびに「できない」に戻り、いまの自分に合った一歩を見つけて、まずは楽しむ。次は、もっと先へ。幸さんが夢中になってきたのは、危険ではなく、「できない」が「できる」に変わる瞬間です。世界の山まで行き着いたのは、一歩の積み重ねでした。
だから幸さんは、はじめての人の一歩目を、どこに置けばいいかを知っています。
いま、幸さんが「Nature Club」として案内してくれる八ヶ岳は、ひとつの顔をした山ではありません。
「南は、岩場のあるハードな山が多くて。北は、やさしい顔をしてるんですよ。南と北で、表情が全然違うんです」
案内してくれるのは、佐久側から入る、北八ヶ岳。やさしい顔のほうです。

たとえばグリーンシーズンの苔の森駐車場から一歩入るとすぐ、倒れた木に苔がむし、そこからまた新しい木が生える、神秘的な世界が始まります。
「苔って、子どもの目線の高さにあるんですよ。木は見上げないといけないけど、苔は、子どもが自分の足元で発見できる。一個一個、個性があってキャラクターみたいで。子どもに教えてるようで、大人がへえって思うんです」
大人が30分で歩く道に、たっぷり1時間半。速さでも距離でもなく、発見の数で山を測る歩き方です。疲れて座り込んでしまった子がいたら、気分が変わるまで待つ。しんどそうなら早めに切り上げて、湖のほとりの山小屋でお昼にする。無理はさせない、でも楽しませる。3人の子を育てる母でもある幸さんの、実感のこもった流儀です。
冬は、山がまるごと白銀に変わります。ロープウェイで一気に上がった先は、樹氷のひろがる別世界。ざくり、ざくりと雪を踏んで歩く。多少の吹雪でも、バックアップやリスクマネジメントを行いながらルートを選べば、十分に楽しめる場所です。
「そのほうが一体感が出るんですよ。エルマーの冒険みたいに、装備を使いこなしてね」
そして次に来たときは、前回の続きから。前はここまで歩いたから、今度はその先へ。線と線をつないでいくと、同じ山の違う顔が見えてきます。八ヶ岳は、季節と成長に合わせて、何度でも通える山なのです。
なんせ、山は楽しい

体験する人に伝えたいことを聞くと、幸さんは迷わず答えました。
「1回目が、いちばん大事だと思ってます。初めての経験で、少し大変だと思うことがあっても、楽しかったって終わってもらえるように」
そのために、歩き出す前に、必ずやることがあります。道具にはどんな意味があるのか。今日の山は、どんな機嫌なのか。みんなで情報を分かち合うことです。
思い出してほしいのは、カナダの山で滑れなかった、あの話です。努力すれば思いどおりになるパークから来た幸さんは、判断ひとつでどちらにも転んでしまう山で、一度、初心者に戻りました。いま、はじめての人が立っている場所に、幸さんも立っていたことがあるのです。そこからどう山と仲良くなればいいかも、身をもって知っています。だから、歩き出す前のひとときで、その向き合い方を、まず伝えています。
「山の厳しさも経験してもらわないと、と思っていて。自然の偉大さも、ちゃんと魅力だと思うんですよね。それを踏まえて気持ちよく自然と触れ合えた経験って、すごく記憶に残るので」
そして最後は、彼女はこう言います。
「なんせ、山は楽しいんですよ。まずそれを知ってもらいたいんです」
グリーンシーズンの苔の森駐車場から、冬は雪をひと踏みするところから。大変だった一日ほど、いい思い出になる。次はあの先まで歩いてみたい、と目標を持って帰る。幸さん自身がそうしてきたように、新しい一歩を積み重ねるほど、山をもっと好きになっていく。八ヶ岳はきっと、何度でも通いたくなる山になるはずです。
北八ヶ岳を味わう山歩きもののけの森で、
「苔」の神秘に触れる
所要時間:2時間30分〜
料金:11,000円/名〜